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創造への執着 

COD2の上
メーカーで商品開発をしていた頃、
「殺意」を意識してた。一発で情況を殺そうと。
美しさを合わせ持つ構造と一体化する顔で、
一瞬で勝負をきめようと。
明日を変えるために作らなければ意味がない。
内部の製造ラインに
変革が起きるような作りでなければいけない。
生産能力そのものを変えてしまう魔法のような商品。
つまりは、誰でも容易に作れて、
尚且つ何よりも美しく、
価格も高めに設定できて強力に売れるもの。
内外の誰にとっても喜ばしいもの。
売れれば売れるほど、
その商品の真の力がはっきりと見えてくるもの。
これが理想図だった。

僕は「モノづくり」に固執はしていないけど、
「創造」が可能かどうかには執着があって、
決してモノづくりが好きだなんて言葉は信用していないけど、
「創造的」でなければやる意味も価値もないと思っている。


そのためには
「マチは付けるように付けてはいけない」
などという持論を展開していた。
要するに創造のための方法論。
手間は増えるし、物は入っても
ラインが野暮ったく、
視覚的な動きが死んでしまうと思っていた。
目が回り込んでいかずに世界を分断してしまうからだ。
マチを消すことで物があまり入らなくても、
多少使い勝手が損なわれても構わない。
美しさがなければ創る意味がないと
本気で思っていた。

こういう自分が課した制約は抵抗感が
消えるまで保持していようと決めた。
必要な考え方をその時その時柔軟に
取り込んでいけばいいし、
いつか自在に操れる頃には、
独自性を確保していると思ったから。

だけど、モノが思った以上に出来上がらなかった。
そして閃きも何もない状況下でも作れる、
普通に使える物作りを試し始めて、
メーカーを離れる決意をした。

その後、別の仕事に就き、
結婚し、子供が生まれ、独立する過程の中で、
現在では自分という容器の質が変わったためか、
物がゆったり入るものをつくろうと思うし、
昔では考えられないようなペースで新商品を作れている。

その間に特別な技術を仕入れたわけではない。
強いて言えば数字ベースの設計に数年携わっていたことぐらいだ。
STRUO製品を見渡して、過去の自分が作ってたものと照らし合わせ、
本当に自分が作ったのかと思う時がある。
心模様の変化が作品の容貌に現れるところに、
この仕事の不思議さがある。
人生のある時間帯には
最高傑作を生み出し続けた人間だったとしても、
時間の波から滑り落ちて、大義がなくなり、
そのあとはごみのようなものしか作れない
惰性な人間に成り下がったって
全く不思議ではないんだ。

一言でいえば
美しさの多様性を認め始めたってことなのか。
美しさにそれほどこだわりすぎない方が、
使う人間がイメージできる良いモノになることが多い。
あくまで使う対象に迫ること。
それが今の好循環のコツになっている。








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Posted on 2011/08/07 Sun. 22:34  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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