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裏は悪か? 

革という素材についての理解。
一般的にはほとんど考えられていないはず。

まず、「革の裏は悪か?」
という疑問が湧く。

既存の革製品のブランドを見渡すと、
裏が出ているのは、
雑に見えるとでも言わんばかりに、
ひたすら隠す処理に固執するものがある。
「裏地」として安価な生地を使ったり、
表と裏で世界を分けて考えている。

また、逆に裏地はつけないことを
原則にしているブランドもある。
作業性がよい、修理がしやすい、
良い素材感を生かすなどがその理由でもある。

双方の言い分を比べると、
つまりは革の裏に対しての認識が違うので、
どちらが良いかは平行線をたどることになる。

僕が考えるには、
はっきりとどちらが良いとは言い切れない。

その理由。
そもそも、この問題は人の快・不快を軸に考えねばならないということ。
この認識があるかどうか。縫製とはこういうもんだという、
押し付けがましい文化的な先入観は捨てなくてはいけない。
一方では、見え方に対しての美意識も持たなくいてはいけない。

「裏が悪」という幻想は、
革という素材がいまだ不完全な素材であるがゆえに、
生まれたものだと思う。
もちろん革の価格によって、程度の差はあるが。
もし、裏も表も理想的になめらかな処理がされていれば、
または金太郎飴のように、表面しかでてこなければ、
誰もそんな幻想を抱かない。

革の加工技術が進化すれば、
この「理想的な革」が生まれるかもしれない。
そしたら誰も「裏が悪」だとは思わないはずだし、
革は独自の縫製文化を形成していくと思う。

国産でもなめしの良い革や、
欧州の革など、手がかけられた高価なものは、
その理想にすり寄っている。

















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Posted on 2011/01/26 Wed. 22:06  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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