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身体にとって最適なユニット化 

どんなに巨大な建造物も、
どこか別の場所で組み立てて運んで設置することはない。

例外があるにせよ、

人力、又はその延長上の道具と乗り物を使って、
部分として現地へ運ばれ、組み立てられている。

日本の宮大工は肩に担げる材料しか使わないらしいし、
ログハウスなども身体尺がイメージしやすい。

身体にとって最適なユニットを作って移動させ、
全体を構築することが基本になっている。
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category: 適正規模論

Posted on 2014/05/22 Thu. 18:33  edit  |  tb: 0   cm: 0  

目的にふさわしい大きさ 

ひな人形の選択に後悔したことで、
改めてモノが本来備えていなくてはならない要素を意識した。
木目込みがの方がコンパクトで省スペース、もしくは
一つの箱型を目指して収められるタイプのモノ。
出し入れしやすい、年に1度のペースに大きさがあっている、

目的・使用頻度に対してふさわしい大きさがあるということ。
置かれる環境によって、サイズの適正さが変化すること。
収納されるとき、移動するときにコンパクトで
人の力でたやすく行えること。
メンテナンスが継続しやすく、たやすいこと。

category: 適正規模論

Posted on 2014/05/11 Sun. 10:37  edit  |  tb: 0   cm: 0  

適正規模論 

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昨年は規模の変化によって
関係の質が浮き彫りになる体験をしたことが収穫だった。

小さな規模でやっていると気付かなかった問題が
次々と立ち現われていくのに対して、
どうやって構造(関係)を変化させていくかが課題だった。
それは突然降ってきたような類ものではなく、
潜在的に、元々抱えていたと考える方が望ましい。

規模が変わると、今まで意識的に計算できていたものが、
急に「ざる」になる瞬間がある。
これを「危険」と思い、再度計算しやすいように
構造(関係)を整えていく。
関係がおぼつかない中でいくら頑張っても、
効果的でなく、力が伝わっていかないところに
「規模」の問題の性質がある。

小さな世界で達成できないことを、
より大きな世界でトライするのは
紛れもなく危険だと思う。

これはリスクをいかに取るかという方法論にも
繋がるものだと思うが、
情況が切実になっていく反面、
考えていくだけでも相当面白い。

リスクをただとらないというのは全く意味がなく、
クレバーにとるために、
いかに先にアドバンテージを抱えるか。
自信の根拠を先に作ることで、
それに見合ったリスクを取ることが可能になるし、
その順序を間違えてはいけない。

それに、今は動力源である手が所詮2つしかないので、
ゆっくりと確かに変化させていけば、
自ずと効果は予測し得るものになりやすい。

「適正規模」の問題は、
普段なかなか意識しづらい。

だけど、仕事に携わるもの、
生きているものなら必ず関わり意識している。
売り場面積に対する売上とか人員などの
マーチャンダイジングなんかもそうだし、
身体の性質を考えても、
「ちょうどよくできている」様相を確認できる。


関連図書;
ゾウの時間 ネズミの時間 本川達雄著    

category: 適正規模論

Posted on 2014/01/31 Fri. 10:20  edit  |  tb: 0   cm: 0  

適正規模その2 

物事にはその目的や価値に応じて、
いかに物質性を獲得するか?という問題がある。

物質性を獲得し、一定の空間を所有する。
その権利をつかむ。
これは相当な価値だ。
価値がなければ、物質にはなれない。
仮に物質を名乗ったところで、
価値が認められないものは時間とともに風化し、
跡形もなくなる。



「軽薄短小」は日本のお家芸だった。
より軽く、より薄く、より短く、より小さくという動きのことだが、
時代の潮流の中で、この動きは
合都合性を持ち合わせていた。

なぜ、「軽薄短小」を志向したのかと思えば、
身体性との関わりの中で、
絶えず快・不快を精査したが故の、
必然的な成り行きだったのだと思う。

日本は国土も狭く、エコ志向も進み、
ミニマムで簡素なデザイン性が、
精神の中で息づいているとも考えられる。

かたちは適正規模の観点から
消えていくこともあるし、
研磨を繰り返して、
存在し続ける権利をもつものもある。

人間にとっての価値に照らし合わせて、
目的に応じた大きさを持つ。
これは商品づくりに
かなり生かしている考え方だろう。

category: 適正規模論

Posted on 2010/12/14 Tue. 14:13  edit  |  tb: 0   cm: 0  

適正規模その1 

「適正規模」を考え始めたのは、
実家の近所にある郊外型のゴルフショップを見たときからだった。
なぜ、こんな馬鹿でかい空間を借りるのだろうか?と。
みるからに人の出入りの乏しいゴルフショップに、
その空間を維持する能力があるとは思えなかったからだ。

物事の進化は
大きければ大きいほどよい
多ければ多いほどよい
高ければ高いほどよい
という習性をもっているように思う。

この極大化する過程の中で、
その中身は徐々にブラックボックス化する。
内側から外は見えるが、
外からは内が見えない素材のように。

この動きを抑制するためには、
精神を伴う身体性に帰して、
バランスをとること。

僕が乗り物を最初から考えていたら、
自動車は作らなかったかもしれない。
自らの命を脅かさないレベルで走る乗り物を
作るまでにしとくかな。

情況を適正な規模にとどめておくために、
必要なのは、「構造」に働きかけること。
関係を重んじ、仕組みを変化させること。





category: 適正規模論

Posted on 2010/12/13 Mon. 11:11  edit  |  tb: 0   cm: 0  

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